2006年12月21日
総括(選手の意識編)
前の日記に以下のようなことを書きました。
これを組織で捕らえると、
選手個人<<チーム<<ROSSO熊本<<AC熊本<<県民チーム
ということになります。
これらの組織単位で、それぞれ考察していこうと思います。
選手個人
選手個人に組織ってあるの?という疑問もあるかもしれませんが、ちゃんとあります。正確に言うと、組織に属するための意識ですね。言い換えると、チームの役に立とうという意識とも言えます。
サッカーは、ご存知の通り判断のスポーツであり、予測のスポーツです。瞬時に、周りの状況を把握し、チームメイトとパス交換をしなければなりません。相手を活かすということを常に考えなければいけないわけですね。時に自分を制し、相手に華を持たせることが必要です。ひいてはそれが、選択肢の広がりとなり、結果としてチーム力が向上するわけです。独りよがりのプレーは、チーム力を下げていることに他ならないのです。サッカーは、いわば自己犠牲の上に成り立つといってもいいかもしれません。
さて、大事なのがこの「意識」なのですが、意識の持ちようで、チーム力は大きく変わります。私は、管理職研修などでチームビルディングについて学習させるときに、こんなゲームをやることがあります。
参加者に輪になって手をつないでもらいます。そして、起点になる人を決め、そこから隣の人の手をギュッと握って相手に信号を送り、それを感じた隣の人が、その隣の人の手をぎゅっと握ること信号をどんどん伝えていって、一周して戻ってくる時間を計るというものです。
はじめは、何も言わずに時間を計ります。そして、つぎに、「今計ったタイムは、これまでの中で最悪の記録だった。もう一回やってみよう!」といいます。すると、タイムは飛躍的に短くなるのです。これが、「意識」の差ですね。参加したメンバーが、「最下位になるのはいやだ。みんなで記録を良くしよう」という意識が強烈に働くことで、タイムが向上するのです。
簡単なゲームですが、結果が明確に判ります。このとき、参加者の意識は同じ方向を向いています。このとき、参加者のほとんどは、「面倒くさいなあ」とか、「つまんないなあ」といった意識は持ちえていないと思います。つまり、自己を制し、タイムを短くするという目的に集中しているのです。無意識の自己犠牲ですね。
こういった意識というのは、何もゲームをやらなければ分からないというわけではありません。普段の生活の中に現れてくるものです。一番容易な見分け方は、サポーターとの交流の場でしょう。意識の高い選手は、実にうまくサポーターと交流しています。サポーターの気持ちを汲み取って、できる範囲で一生懸命コミュニケーションをしています。
ある人に、「サポーターとのコミュニケーションが下手な人は、大成しない」という話を聞きました。私もその通りだと思います。選手の立場からすれば、練習後の疲れているときにサポーターと交流するのは、面倒くさいと思うこともあるでしょう。しかし、コミュニケーションが上手な選手は自己犠牲でコミュニケーションをとろうとしているのですね。そういった選手は、やはり常日頃コミュニケーションの意識が高いのだと思います。そういった日常のことが、試合にも出るのだと私は思います。
かといって、彼らはプロですから、いつも自分を犠牲にしていいわけではありません。時には、強引なプレーも必要でしょう。要は、バランスということです。バランス感覚が優れている選手ほど、プレーに幅があると思います。
翻って、ロッソの選手達はどうか?というと、全体的には、コミュニケーションをとろうという意識は低いように思います。挨拶しない選手、目をあわせようとしない選手も見受けられます。この辺は、ぜひ改善して欲しいことですね。意識の持ちようで、結果は大きく変わるのですから。先に紹介したゲームのように即効性はないかもしれませんが、確実に成果は現れてくると思います。
選手ひとりひとりが、もっと積極的にコミュニケーションをとってほしいですね。
うえっ。真面目に書くと疲れますなあ。
5位というのが、ROSSOの今の実力なのでしょう。ここで言う実力というのは、決して選手達だけの力という意味ではありません。
ここでいう実力とは、
・選手個人の力(個人技)
・選手達の力(チーム力)
・監督・コーチ陣の力(マネジメント力)
・フロントの力(経営力)
・サポーターの力(サポート力)
の総合力と言えると思います。
総合力としてのROSSOの力が、他の上位4チームに劣っていたということなのでしょう。
これを組織で捕らえると、
選手個人<<チーム<<ROSSO熊本<<AC熊本<<県民チーム
ということになります。
これらの組織単位で、それぞれ考察していこうと思います。
選手個人選手個人に組織ってあるの?という疑問もあるかもしれませんが、ちゃんとあります。正確に言うと、組織に属するための意識ですね。言い換えると、チームの役に立とうという意識とも言えます。
サッカーは、ご存知の通り判断のスポーツであり、予測のスポーツです。瞬時に、周りの状況を把握し、チームメイトとパス交換をしなければなりません。相手を活かすということを常に考えなければいけないわけですね。時に自分を制し、相手に華を持たせることが必要です。ひいてはそれが、選択肢の広がりとなり、結果としてチーム力が向上するわけです。独りよがりのプレーは、チーム力を下げていることに他ならないのです。サッカーは、いわば自己犠牲の上に成り立つといってもいいかもしれません。
さて、大事なのがこの「意識」なのですが、意識の持ちようで、チーム力は大きく変わります。私は、管理職研修などでチームビルディングについて学習させるときに、こんなゲームをやることがあります。
参加者に輪になって手をつないでもらいます。そして、起点になる人を決め、そこから隣の人の手をギュッと握って相手に信号を送り、それを感じた隣の人が、その隣の人の手をぎゅっと握ること信号をどんどん伝えていって、一周して戻ってくる時間を計るというものです。
はじめは、何も言わずに時間を計ります。そして、つぎに、「今計ったタイムは、これまでの中で最悪の記録だった。もう一回やってみよう!」といいます。すると、タイムは飛躍的に短くなるのです。これが、「意識」の差ですね。参加したメンバーが、「最下位になるのはいやだ。みんなで記録を良くしよう」という意識が強烈に働くことで、タイムが向上するのです。
簡単なゲームですが、結果が明確に判ります。このとき、参加者の意識は同じ方向を向いています。このとき、参加者のほとんどは、「面倒くさいなあ」とか、「つまんないなあ」といった意識は持ちえていないと思います。つまり、自己を制し、タイムを短くするという目的に集中しているのです。無意識の自己犠牲ですね。
こういった意識というのは、何もゲームをやらなければ分からないというわけではありません。普段の生活の中に現れてくるものです。一番容易な見分け方は、サポーターとの交流の場でしょう。意識の高い選手は、実にうまくサポーターと交流しています。サポーターの気持ちを汲み取って、できる範囲で一生懸命コミュニケーションをしています。
ある人に、「サポーターとのコミュニケーションが下手な人は、大成しない」という話を聞きました。私もその通りだと思います。選手の立場からすれば、練習後の疲れているときにサポーターと交流するのは、面倒くさいと思うこともあるでしょう。しかし、コミュニケーションが上手な選手は自己犠牲でコミュニケーションをとろうとしているのですね。そういった選手は、やはり常日頃コミュニケーションの意識が高いのだと思います。そういった日常のことが、試合にも出るのだと私は思います。
かといって、彼らはプロですから、いつも自分を犠牲にしていいわけではありません。時には、強引なプレーも必要でしょう。要は、バランスということです。バランス感覚が優れている選手ほど、プレーに幅があると思います。
翻って、ロッソの選手達はどうか?というと、全体的には、コミュニケーションをとろうという意識は低いように思います。挨拶しない選手、目をあわせようとしない選手も見受けられます。この辺は、ぜひ改善して欲しいことですね。意識の持ちようで、結果は大きく変わるのですから。先に紹介したゲームのように即効性はないかもしれませんが、確実に成果は現れてくると思います。
選手ひとりひとりが、もっと積極的にコミュニケーションをとってほしいですね。
うえっ。真面目に書くと疲れますなあ。






